診察室で食べられることと、実際に食事ができることは同じではない

義歯を調整したあと、診察室で「噛めますか?」と尋ねることがあります。

患者さんに噛んでもらい、痛みがないか、義歯が動かないかを確認する。必要があれば、その場で調整する。

もちろん、これは大切な診察です。

でも、ときどき思います。

診察室でうまく使えることと、家で実際に食事ができることは、同じではありません。

食事には、さまざまなものが出てきます。

硬いもの、繊維のあるもの、薄くて噛みにくいもの、口の中でまとまりにくいもの。

診察室で使う試験食品だけでは、そうした食べにくさをすべて再現できるわけではありません。

特に、口腔癌などの治療後には、歯がないという問題だけでなく、口が開きにくい、舌や頬が動かしにくい、食べ物を口の中で運びにくい、といったさまざまな問題が重なることがあります。

義歯が完成したからといって、それだけで以前と同じように食べられるとは限りません。

だから私は、ときどき患者さんに普段の食事を持ってきてもらい、実際に食べているところを診ることがあります。

すると、診察室で義歯を見ているだけではわからなかったことが見えてきます。

この食べ物では義歯が動く。

この大きさでは口に入りにくい。

この食品は噛めるけれど、口の中でうまくまとめられない。

そうしたことがわかれば、義歯を少し調整できることもあります。

義歯では解決できないことであれば、食べ物の大きさや硬さ、調理の仕方を一緒に考えることもできます。

歯科治療の目的は、義歯を作ることそのものではありません。

その義歯を使って、その人が食べたいものを少しでも食べられるようになること。

そして、日々の食事を続けていけること。

診察室の中だけを見ていると、その一番大切なところを見落としてしまうことがあります。

「この義歯はうまくできたか」ではなく、

「この義歯で、この人はどう暮らしているか」

そこまで見られる歯科診療でありたいと思っています。

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