頼られたら勉強する

ひとりで施設へ嚥下診察に行かせてもらうようになった頃から、現場ではいろいろなことを聞かれてきました。

もちろん、その場ですぐ答えられることばかりではありません。

でも、知らないことを聞かれること自体は、それほど怖くありませんでした。

むしろ怖かったのは、わからないのにそれらしいことを答えることでした。

知っているふりをして、あとになって間違っていたことがわかる。

それで信用を失うくらいなら、最初から正直にいこうと思いました。

「今は答えを持ち合わせていません。調べてから返事をします」

そう伝えて、持ち帰って調べる。

そして、次に伺ったときに返事をする。

それを繰り返してきました。

そんな私を頼りないと思われて、交替を求められるのなら、そのときはそのときだとも思っていました。

何でも知っているふりをしてまで、その場に居続けようとは思いませんでした。

それに、そもそも知らないことを聞かれたのなら、それは勉強のチャンスでもあります。

自分の興味だけで勉強していると、どうしても知識は偏ります。

ところが、現場で誰かから投げかけられる質問は、自分では選ばない問いです。

知らない病気のこと。

薬のこと。

食事のこと。

介助のこと。

評価方法のこと。

それまで自分では気づいていなかった知識の穴を、相手が見つけてくれたようなものです。

せっかく見つかったその穴を、「知っています」という顔をして隠してしまったら、何も身につきません。

その場を取り繕うことはできても、自分は昨日と同じままです。

知らない。

でも、知っているふりをする。

だから調べない。

次に聞かれても、やはり知らない。

また知っているふりをする。

そんなことを繰り返していたら、外から見える姿だけを大きくして、中身は育たないままになってしまいます。

自分から張子の虎に近づいていくようなものです。

それは、ずいぶんミゼラブルな未来だと思います。

だったら、

知らないことは、知らないと言う。

調べる。

考える。

そして、返事をする。

その方がいい。

相手に対して嘘をつかずに済みますし、自分の中にも一つ新しいものが残ります。

質問されるたびに、ほんの少しずつでも中身を増やしていくことができます。

今でも、その考え方はあまり変わっていません。

専門職だからといって、何でもその場で答えられるわけではありません。

知らないことに出会ったとき、それをどう扱うか。

私の場合は、昔から一つです。

頼られたら、勉強する。

それでいいと思っています。

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