別れを惜しむ人、怒る人、淡々としている人―反応の違いが教えてくれること

訪問歯科診療の終了を伝えたときの反応は、本当にさまざまだった。
しっぽり惜しんでくれる人もいれば、怒りとして表れる人もいる。意外なほど淡々としている人もいる。どれが正しいということではなく、それぞれの人がそれぞれの形で受け止めているのだと思う。

別れ方には、その人らしさが出る

長く診てきた相手との別れだからといって、皆が同じような反応をするわけではない。
名残惜しさをまっすぐ言葉にする人もいれば、不満や怒りのような形で表す人もいる。拍子抜けするほど淡々としている人もいる。

こちらとしては、つい反応の強さや種類に意味を見出したくなる。
けれども実際には、それぞれの人が、その人なりのやり方で関係の終わりを受け止めているだけなのかもしれない。

反応の違いを、善悪だけで見ない

惜しんでくれる反応は受け取りやすい。
一方で、怒りのような反応に触れると、こちらも構えてしまう。だが、そこで「感じのよい反応」と「困った反応」に単純に分けてしまうと、本質を見失う気がする。

怒りの奥に、不安や喪失感があることもある。
淡々として見える態度の奥に、その人なりの整理の仕方があることもある。外に出てくる反応だけで、その人の気持ちの全体を決めつけることはできない。

人と関わる仕事は、おもしろくて難しい

同じことを伝えても、同じようには返ってこない。
その当たり前を、訪問歯科診療の終わり際にはとくに強く感じた。関わってきた時間の長さも、距離感も、相手の性格も、それぞれ違うのだから当然といえば当然なのだと思う。

人と関わる仕事は、そういう意味で効率だけでは割り切れない。
難しいが、その一筋縄ではいかなさがあるからこそ、人と関わる仕事はおもしろいのだとも感じる。

まとめ

別れ方には、その人なりの生き方や関係の結び方が出る。
だからこそ、人と関わる仕事はおもしろく、同時に難しいのだと感じる。

※この記事は「訪問歯科診療のたたみ方」シリーズの一部です。

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