最後に残ったのは、結局どんな仕事をしたいのかという問いだった

訪問歯科診療を終える過程では、手続きや調整といった実務が多くを占める。
それでも最後に残るのは、もっと根本的な問いだった。自分はどんな姿勢で仕事をしたいのか。相手にどう見られるかよりも、自分が何を誠実だと考えるのか。その輪郭が、かえってはっきりしてきた気がする。

実務の奥に、仕事観がにじむ

引き継ぎ、説明、紹介、線引き。
表面だけ見れば、やっていることは実務の積み重ねに見える。けれども、何を引き受け、何を断り、どこで立ち止まるかには、その人の仕事観がにじむ。

終わる場面では、とくにそれが隠れにくい。
続けるときよりも、むしろ終えるときの方が、その人が何を大事にしているかが表に出るのかもしれない。

表面だけ整えた言葉では済ませたくない

相手に気持ちよく受け取ってもらえる言い方を選ぶことは大切だと思う。
ただ、それだけで済ませてしまうと、責任のある言葉にはならないことがある。見た目だけ整った説明や、その場を丸く収めるための曖昧な返事は、あとで混乱を残すこともある。

美辞麗句を並べることと、誠実であることは同じではない。
むしろ、必要なことを必要な形ではっきり伝える方が、結果として誠実なことも多いのだと思う。

終わり方は、その人の仕事を映す

始め方にもその人らしさは出る。
けれども、終わり方にはもっと濃く出る気がする。関係が途切れるとき、責任の範囲をどう考えるのか。名残惜しさや申し訳なさがある中で、それでも何を守るのか。そこに、その人の基準が現れる。

訪問歯科診療をたたむ過程で、結局ずっと考えていたのはそのことだった。
どう見られるかではなく、自分が納得できる形で終えるにはどうしたらよいのか、という問いだった。

まとめ

表面だけ整えた言葉よりも、責任のある言葉と行動を選びたい。
訪問歯科診療の終わり方は、そのまま自分の仕事観を映すものだった。

※この記事は「訪問歯科診療のたたみ方」シリーズの一部です。

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