紹介したあとにどこまで応じるのか―引き継ぎ先をめぐる境界線

患者や家族の不安が強いほど、紹介したあとも、これまでの主治医に何かを求めたくなる気持ちは理解できる。
ただ、引き継ぎ先が決まったあとまで、元の診療者が曖昧に関わり続けると、かえって責任の所在がぼやける。誰が何を担うのかをはっきりさせることは、冷たさではなく安全のためでもある。

紹介したあとも、元の主治医に期待が向くことがある

引き継ぎ先が決まったからといって、気持ちの上ですぐ切り替えられるとは限らない。
長く診てきた相手であればあるほど、困ったときには元の主治医に相談したい、これまで通り見てほしい、という気持ちは自然だと思う。

その気持ち自体を否定する必要はない。
ただし、気持ちが自然であることと、運用としてそれに応じるべきかどうかは別の話になる。

責任の所在が曖昧になると、混乱が増える

紹介したあとも元の主治医が曖昧に関わり続けると、いちばん困るのは「誰が診るのか」が分かりにくくなることだと思う。
誰が判断するのか。誰が説明するのか。何か起きたときに誰が責任を持つのか。その輪郭がぼやけると、患者や家族の安心にはつながらず、むしろ混乱を増やすことがある。

優しさのつもりで関わり続けた結果、次に診る人の責任も弱くしてしまう。
それでは、引き継ぎとしてはうまくいっていない。

線を引くことは、安全のためでもある

元の診療者が一歩引くことは、関係を切り捨てることではない。
次に診る人がきちんと診て、きちんと判断し、きちんと責任を持てる状態を作るために必要なことでもある。

感情の面では、申し訳なさや名残惜しさが残る。
それでも、誰がどこまでを担うのかを明確にすることは、患者や家族のためでもあり、次の診療者のためでもあるのだと思う。

まとめ

境界線を引くのは、関係を切るためではない。
混乱を増やさず、次に診る人がきちんと責任を持てる形にするために必要なことだと思う。

※この記事は「訪問歯科診療のたたみ方」シリーズの一部です。

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