振り返ってみると、この数か月でやっていたのは、何か特別なことではなかったのかもしれない。
必要な説明をすること。必要な人につなぐこと。無理なものを無理と言うこと。最後まで雑にしないこと。ひとつひとつは当たり前に見えるが、それを崩さず続けるのは案外難しい。
特別なことより、基本が問われる時期だった
訪問歯科診療をたたむ過程では、普段以上に判断の場面が増える。
誰に何を伝えるか。どこまで対応するか。何を次へ渡すか。感情も動くし、事情も複雑になる。だからこそ、特別な技術よりも、基本を崩さないことの方が大事になる。
派手な解決策があるわけではない。
結局は、必要なことを必要な形でやるしかないのだと思う。
当たり前を崩さないことは簡単ではない
忙しいときほど、説明を急いだり、線引きを曖昧にしたり、その場を丸く収める方へ流れやすい。
終わる時期ならなおさら、もうここまででよいだろう、と雑になりそうになる場面もある。
それでも、そういう時期にこそ、その人の基準が出る。
説明すべきことを説明する。つなぐべき相手につなぐ。できないことはできないと言う。そうした当たり前を崩さないことは、簡単そうに見えて実はかなり難しい。
それでも最後まで崩したくない
この数か月で、うまくいったことばかりではなかった。
感情が残る場面もあったし、割り切れない出来事もあった。それでも、最後まで崩したくないものははっきりしていた気がする。
当たり前のことを当たり前にする。
それは目立たないし、格好よくもない。けれども、訪問歯科診療をたたむような時期にこそ、その地味な姿勢にいちばん意味があるのだと思う。
まとめ
派手さはなくても、最後まで当たり前のことを当たり前にする。
訪問歯科診療をたたむ中で、結局いちばん大切だと思ったのは、その姿勢だった。
※この記事は「訪問歯科診療のたたみ方」シリーズの一部です。

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