修正したからといって、改善したとは限らない

「修正」という言葉には、「正」という字が入っています。

「改善」には、「善」という字が入っています。

では、その「正しい」と「善い」は、何を基準に決まるのでしょう。

文章でも、資料でも、治療計画でも、何かに手を加えると「前よりよくなった」と思いたくなります。

けれど、修正したことと、改善したことは同じではありません。

文字を減らした。
表現を変えた。
図をきれいにした。
手順を変えた。
新しい方法に置き換えた。

どれも、何かを「変えた」ことではあります。

でも、その結果として本当にわかりやすくなったのか。
目的に近づいたのか。
使う人にとってよくなったのか。

そこは別に考える必要があります。

誰でも、なんとかしたくてもがいて、あれこれ試してみたけれど、結局うまくいかなかった、という経験はあると思います。

もちろん、手を加えたのだから、願わくば前よりよくなっていてほしい。

そのために考え、工夫して、何かを変えているのだと思います。

でも、「よくなっていてほしい」という気持ちと、実際によくなったかどうかは別です。

良くしたいと思って変えたことと、実際に良くなったことは違います。

たとえば、説明を短くすれば、読みやすくなることがあります。

一方で、大切な条件や考え方まで削ってしまえば、見た目はすっきりしても、内容までよくなったとは限りません。

治療でも同じです。

何か新しいことを加えたからといって、必ずしも患者さんにとってよい結果になるとは限りません。

「修正した」という事実だけでは、その変更が正しかったかどうかはわかりません。

「改善した」と呼ぶためには、その変更によって何がどう変わったのかを、冷静に見る必要があります。

何をもって正しいとするのか。
誰にとって善いのか。
何を目的に評価するのか。

そして、思ったような結果にならなかったとしても、その評価には意味があります。

何が足りなかったのか。
どこで想定と違ったのか。
次に何を変えるべきなのか。

そうして冷静に結果を見る中にこそ、本当の改善につながるヒントがあるのかもしれません。

大切なのは、変えたことそのものではなく、その結果として本当によりよいものになったかどうか。

修正すること自体を目的にしない。

良くなっていてほしい、という気持ちと、実際に良くなったかどうかは分けて考える。

私は、文章でも、臨床でも、それを大切にしたいと思っています。

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