言葉は、なかったことにはできない

「先ほどの発言は撤回します」

そんな言い方を耳にすることがあります。

決まりごとの上では、それで発言を取り消したことになるのかもしれません。

でも、実際にその言葉を聞いた人の中から、発言そのものが消えるわけではありません。

一度口にした言葉は、もう相手に届いています。

そして、言われた側は考えます。

「この人は、そう思っていたんだな」

と。

後から、

「本意ではありませんでした」

「そういう意味ではありません」

と言われても、最初に聞いた言葉まで消えるわけではありません。

特に、考える間もなくパッと出てきた言葉ほど、

「むしろ、これが本音なのではないか」

と思われることがあります。

発した本人が本当にどう思っていたのかは、本人にしかわかりません。

でも、言われた側から見えるのは、

その言葉が実際に自分に向けて放たれた

という事実です。

だから私は、「撤回」という言葉に少し違和感があります。

手続きとして取り消すことはできても、起きたことそのものを消すことはできません。

間違ったことを言えば、訂正する。

相手を傷つけたなら、謝る。

説明が足りなければ、説明し直す。

そうしたことには意味があります。

でも、それは言葉をなかったことにすることではありません。

一度放った言葉のあとを、どう引き受けるか。

そういうことなのだと思います。

これは、診療でも同じです。

何気なく言った一言が、患者さんの中に長く残ることがあります。

こちらは忘れていても、相手は覚えていることがあります。

「無理です」

「もう難しいですね」

「仕方がありません」

言った側には軽い一言でも、受け取る側には重いことがあります。

だから、言葉は選びたい。

後から直せばいい、ではなく、

最初から、どう届くかを考えて話したい。

言葉は訂正できます。

でも、なかったことにはできません。

だからこそ、口にする前に考えることに意味があるのだと思っています。

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